NineCraft代表 鄭泰玉(ちょんておぎ) インタビュー

2025.1.5

  • 代表メッセージ

表現を通して感動を届けたい、小説家志望が見つけたビジネス世界での突破口

ーー 本日はよろしくお願いします。2023年春頃NineCraftを共同創業されましたが、そこに至るまでの鄭さんのバックグラウンドを教えていただけますでしょうか?

まず私自身がちょっと特殊で、元々はずっと映画監督や小説家を目指していました。父も陶芸家でアーティストという家庭環境もあってか、いわゆるビジネスなんてものに全く興味がなかったんです。

映画監督を目指すようになったのも、高校1年生の時にある映画を見て、とても感動したことがきっかけでした。その映画が素晴らしいのはもちろんですが『人の心をここまで動かす作品がこの世にあるんだ』と気づいて、1週間も何も考えられない状態になって。『これがやりたいんだ』と、すごく強く思いましたね。

それからはみんなが遊んでいる間に毎日3〜4本の映画を見て、貪るように小説を読んで、一眼レフカメラを買って写真を撮って、とにかく表現を通して感動を届けたい一心でした。

ーー 一貫して、表現を通して誰かの感情を動かしたい想いがあったのですね。

そうですね。なかでも、映画が原体験ではあったので、高校も理系選択でしたが私立大学の文系で映画学科を目指していました。受験のために理系科目は必要ないので、学校を休んで自分で勉強して、受験しましたが、独学で受かるわけもなく落ちてしまいました。それでも、どうしても作品を作って人の感情を動かすことが諦められなくて。1人で映画も撮れないので、小説を書いて過ごしていましたね。

そうして書いていくうちに初めて文学賞を受賞できて、そこで小説家になりたいと思うようになりました。就職活動のタイミングでは、夏目漱石が好きだったので、彼が勤めていた朝日新聞に行きたいと考えていたのですが、当時『子育てって社会とこんなに隔絶されているのか』とカルチャーショックを受ける出来事があって。それからは『新聞と育児の課題解決の両方に取り組みたい』と考えるようになり、福岡にある育児関連のフリーペーパー会社に入社しました。

ーー 夏目漱石も創作に専念したい想いから当時ベンチャー企業だった朝日新聞に入社したんですよね。育児の課題解決にも関心が生まれ、入社後はどういったお仕事をされていたのですか?

編集志望だったのですが、営業ができそうという理由で営業に配属されましたね。私は当時おっちょこちょんくんと言われていて、大学生の時にはバイトをクビになったくらい、全然仕事もできないタイプで(笑)。

それでも人と違うことをやるという親の育て方もあってか、営業の売り方も独自開拓していました。それこそ商業施設の集客では、100円ショップで買った画材を自分で合わせてワークショップを作ったり。自社メディアも持っていたので、集客イベントを作ってはイベント企画からコピーライティングまで、商品開発的なことをすべてやる営業スタイルでしたね。

表現への飽くなき探究心が、ビジネスを動かし人生を変えた。

ーー 未経験の営業で独自開拓するだけでも大変なのに、商品開発をほぼ1人で回す営業スタイルは凄まじいですね……!

おかげで営業成績は良かったのですが、ここで忘れられない経験がありまして。当時、オープンデータを活用するという政府の試みがあって、福岡市でもオープンデータを活用した新規事業コンペが行われたんです。そこへ大手通信会社さんが子育てアプリを提案するとのことで、会社に協業依頼が来て私がアサインされました。

当時はフリーペーパー事業メインの会社だったので、初めてウェブに強い大手企業と関わったのですが、ものの3ヶ月ぐらいでとてもクオリティの高いアプリを作っていたんですよ。私たちがずっとやりたいと思っていたものを一瞬で作って、シンプルにすごいと感動して。そこから『エンジニアリングをやれたらいいんだ!』と思い立ち、その日に書店に行って専門書を買って、毎朝4時に起きて独学するようになりました。

ちょうどそのタイミングで、大手IT企業の部長だった方がコンサルとして会社に関わることになったので、私は営業部でしたが別部署で行われていたウェブ開発会議に出させてもらったり、プログラミングを教えてほしいとその方の自宅に行ってお願いしていました(笑)。

ーー 鄭さんは何かと決断力と行動力が振り切っていますね!

「まずはMacを買いなさい!」と言われたので、その日に買ってきて、再度教えてくれるようにお願いしましたよ(笑)。その後、その方の正式ジョインに伴い開発部ができることになったので、開発メンバーを採用しながら、私も営業を辞めて半年ぐらいはエンジニアをやっていました。

その後はエンジニアからアプリ・WEBサービスのプロダクトオーナーという形で、プロジェクト全体をビジネス設計からプロダクト設計まですべてやっていましたが、3年ほど経ってプロジェクトごとクラッシュし、採用したメンバーも全員解散になるということも経験しまして……。そのうえ、新型コロナウイルスの影響で、イベント事業がメインになっていた会社も、売り上げの4割が吹き飛びました。

何とか会社を支えなければと思い中央省庁の案件を取ってきたり、営業とエンジニアという自分の知見を駆使してできることで、とにかく受注していましたね。

ーー 会社としても鄭さんとしても波乱の連続だったのですね。そこからはどのように立て直しを図ったのでしょうか?

ウェブ開発案件を受注し始めた時は、アンケート代行やサイト制作がメインだったのですが、立て直しのきっかけとなったのは、当時流行り初めだったInstagramですね。

Instagramの運用案件をいただいて、私はアプリも入れてなかったのですが、「できます!」と即答して(笑)。受注して担当することになったのですが、結果的には初案件から、その業界でフォロワー数日本一のアカウントに成長したんです。

その後も売り上げやフォロワー数を何倍にも伸ばしたりと、こういった実例がたくさんできていき、会社の売り上げも4割落ち込んだところから立て直して成長し、過去最高売り上げの2倍くらいにまでグンと伸びました。

ビジネスと表現活動の狭間で見出した〈正しさ〉と、誰かをクリエイターにするという生き方。

ーー 未経験にも関わらず、過去最高売り上げも倍にするなんてすごすぎます!キャリアとしても現在に繋がる岐路だったかと思いますが、鄭さんの中で何か変化があったのでしょうか?

ちょっと遡るのですが、まだ営業担当だった頃に2回目の文学賞をとっていたんですよ。ずっと物作りがとても楽しいと思って生きてきましたし、だから心のどこかで『私の生き方としてのメインは表現活動であり、いつかまたそっちの世界に戻るんだろうな』と漠然と思っていました。

でも「Instagram運用のコンテンツ作りを通して情報を届けることが、ビジネスと表現活動のちょうど狭間みたいだ」という気づきがあったんです。私が当時やりたかった表現活動にも相当近いと感じながら、やってみたら数字も伸びたわけで。

その時に『もしかしたら、自分が人生において小説を通じてやりたかった表現が、ビジネスの世界で求められる時代になるのかな?』という肌感はありましたね。

ーー 鄭さんがずっとやりたかったことが、小説だけでなくビジネスの世界でも通じる可能性を感じたのですね。

それに、こうして自分が作るものが数字を生み出し、褒められる経験を重ねる中で、チームを持つことになって。すると自分自身が褒められるよりも、自分が考えたことをもとにメンバーが成長し、そのメンバーがクライアントに褒められる姿を見ている方が嬉しい、と思える瞬間が増えていったんですよ。

それまでは表現をする世界に戻ろうとずっと思っていましたが、『もしかしたら、誰かをクリエイターにするという生き方の方が後悔のない人生になるかもしれないな』と初めて思いましたね。

自分がいちクリエイターになって結果を出すことではなくて、自分の考えで文化を作り、チームを作り、そのメンバーたちがいろんな人にどんどん必要とされるようなことをしていきたい。そう思った時に、自分がトップに立って文化を作っていかないと、自分がやりたいことができないと考え、思い切って独立しました。

小説を書いていた時の喜びは、NineCraftのパーパスにおいてクラフトする喜びを生み出し続けると意志として掲げていますし、原体験があるからこそ、全くぶれずに今までやってこれていると感じますね。

ーー 小説家やエンジニアなど、自分で手で動かし表現することよりも、関わるメンバー自身にクラフトする喜びを感じてもらうことで、、社会に価値を生み出すことがしたいと価値観が変わっていったのですね。

そうですね、それが正しさのような気がしたんです。自分が目立つことや、自分が嬉しい気持ちは、みんな当然求めているものだと思うのですが、それを自分が感じるよりも与えられるようになりたい。

もっと言うと根源的に、多くの人が『自分はこの場所にいていいんだ』という実感を持って生きていくことを、私は本当に魂が震えるレベルで考えていきたい。そんな欲望がすごく強かったんです。

父も、アーティストと言いつつ人権活動家の側面もあって、さまざまな差別と戦う姿も見てきたので、もしかしたら遺伝的な部分かもしれないですが。「何かしら実力のある者だけが誰かに認められて自己肯定感を高めていくこと」は、正しくないような気がしていましたね。

だからこそ、私たちが実力をつけるのは、自分たちが褒められて嬉しいと感じるためではなくて。誰かへのリスペクトをより多く深く伝えられるように、実力を磨いていっているんですよね。

すごいと思う人や実力のある人に認められることは、自分がそこにいることの意味をすごく実感できる経験になると思いますし、私たちは、そのような場面を増やしていきたいと強く思っています。

そこに大きな意味を感じていますし、たくさんの人に『自分はこの場所にいていいんだ』と思ってもらえるために、私たちは実力を高め、考えていることを伝えて、多くの人がもっとプラスに変化していける、そういった循環を作っていきたいと考えています。

ブランドに求められる意志の力と、伝えていきたい〈クラフトする喜び〉。

ーー 鄭さんが過去に執筆されたクライアント向けの文章をいくつか読んだのですが、すごく引き込まれる文章ですよね。まさに鄭さんの独自性だと思うのですが、ビジネスの観点でもその独自性を活かせたと感じることはありましたか?

〈クラフトする喜び〉を真に感じて表現するからこそ、選ばれ、売り上げが増えることになるのだと私自身が実感してきましたし、強く信じることができているのだと思います。そして、このことを伝えたい対象が、ビジネスサイドにたくさんいるということが、NineCraftとして頑張っている理由なのかもしれないですね。

というのも、これをビジネスシーンにおいて実行できている人はとても少なくて。「アートはお金にならないからアーティストは稼がなくていい」「ビジネスサイドは精神論ではなくお金になることが大切だ」と分断を生み出し、向こう側にいる人たちを揶揄する対立概念になってしまっていると感じています。

ーー たしかに、そこの二項対立はよく起きていますよね。

でも、ブランディングやマーケティングも、自分の意志で選んだものを世の中に表現して伝えていく行為であって、表現活動そのものだと思うんです。だからこそ自分たちの意志を中心にやっていくことは、当たり前のようにされるべきなはずなのに、なんだかやってはいけないみたいなことのようになっているんですよね。

だからこそ、ビジネスサイドに『自らの意志でやれているのかということがすごく重要なのではないか?』と問うと、みんなハッとするんですよ。

ビジネスであろうと何であろうと、自らの意志で表現をすることは誰にとっても喜びになるんです。その喜びこそがクラフトする喜びであり、NineCraftが世の中に伝えていくべき〈視点〉だと考えています。

ーー 鄭さんは営業からエンジニア、プロダクトオーナーでまで経験してきたからこそ、ビジネスサイドに説得力を持って言えるのだなと感じました。事業会社にいると、自分の意志より会社の方針や数字を優先させることも多く、感情的なやわらかい部分は無視して仕事と割り切っている人が多いと感じています。そこに対してNineCraftは一石を投じていると思うのですが、クライアントにNineCraftないし鄭さんの価値観を伝える中で、苦労されたことはありましたか?

NineCraftのクライアントって、それこそ業界トップクラスで数字に関してとことんやりきっている会社が多いんですよ。つまり〈クラフトする喜び〉や意志の大切さに気づくためには、事業やプロダクトの盛り上がり・下がりを経験し、何が大切なのか自ら問いかけた状況でないと、NineCraftの価値観としても伝わりづらいと思いましたね。

そこまで考えた上で、方法論や数字をどうしていくか、具体を求めることができるわけで。NineCraftは、主観による意志をどうビジネスに組み込むかを日々開発していますが、実は数字をどう扱うかの解像度も高いというのが特徴としてあります。だからこそ、クライアントとビジネスパートナーとしての関係性を築く上でも、常に考え続けていくことにはこだわっていますね。

毎日心の動くメカニズムを考え続け、今日も生きていて良かったと眠りにつきたい。

ーー 特にSNS運用となると数字が強い指標になってしまいますよね。そこに個人やチームとしてのパーパスを掲げるべく棚卸しをすると思うのですが、どのようにインサイトを掘り起こしているのでしょうか?

NineCraftとして信じている考え方で、ポイントオブビューと呼んでいるものがありまして。それを説明する上で、前提として論理なき意志こそが最も人の心惹きつけ強いチームを作るんですよ。「理由は分からないけれどやりたいんだ!」と意志で表現する人になぜか着いて行きたくなりますし、その方が共感するんです。

例えば、鬼滅の刃の映画がすごく話題になりましたよね。煉獄杏寿郎が弱い人を守るために生きていくという意志を貫いたことに日本中が感動し、歴代トップの興行収入になった。

私はこの事実から『他者からの進言で行動を変えるのではなく、自ら決めたことの意志を貫き通すことに、DNAレベルで全員が共感するのだ』という気づきを得ました。

フーテンの寅さんや、THE BLUE HEARTSの甲本ヒロトも、自分たちはこうものだという生き様や理由にみんな惹かれていて、これがかっこいいと思えてしまう。このようななぜか論理を超えた意志にこそ惹かれる場面が世の中にはたくさんあって、これは人間関係でも、良いチームを作る時も同じ法則なんですよね。

ブランドとして意志を中心に目指したいものを明確化しているチームの方が強くなります。そう確認しているからこそ、意志についての重要性を上げることを重要視しているのです。そして、その姿勢こそが便益を超えた関係性をあらゆる場面で作っていけるブランドに繋がると信じています。こうした例示を以って、抽象的な概念から方法論へと導いていくことが、NineCraftのサービスですね。

ーー 誰しもがDNAレベルで思っているけれど、あえて言葉にしてこなかったものってありますよね。定義してしまうと陳腐化してしまうと感じる、そういったものに人は惹かれるのだと思いました。鄭さんがこの感覚に行き着いたのは、仕事とプライベート、どちらだったのでしょうか?

両方あると思いますね。仕事においては前述の通りですが、おそらく、私はプライベートでも、目に入る様々な事象を抽象化して、そこに法則や真理を見出す癖があります。

例えば、最近でいえば公園に行って、おじいさんとお孫さんが遊んでいるのを見た時。おじいさんにとってもしかすると人生で一番楽しいかもしれない瞬間かもしれないのに、お孫さんの写真を撮って、撮った写真をずっとニコニコ眺めていたんですよ、目の前にお孫さんがいるのに。

これがどうして起きるのかと考えた時、私の結論としては、「人は客観的視点を持った時の方が幸せを実感できる」のだと思いました。主観で気持ちよさや目の前に没入している時、すなわち自分が公園に孫と来ている事実を、客観的に実感ができていないんですよ。だから、レンズで切り取って『孫がこんなに笑っている』と客観的なスコープで見た時の方が、実は幸せを実感できるわけです。

私自身が根本的に人に感情・感動を与える表現活動をしたかったからこそ、こんなふうに観察を通じて『この感情の動きが生まれている原因や構成要素って何なのだろうか?』と、プライベートでも仕事の中でも日頃からずっと考えています。

ーー なるほど。人の心が動くメカニズムにとにかく興味があるのですね。

そうですね。それを自分で作りたいですし、もっというとそれを作れる人を創りたい。人の感情を動かすこと、そしてそれを人に再現したいからこそ、何が人の感情を動かすことになるのかを日頃から考えていますね。

そのうえ、自分が幸せになりたいという願望もあるんです。お金持ちになりたいとか、目立ちたいとかそういうものでもなく、寝る前に「今日も生きてて本当によかった!」と、そのまま死んでもいいくらいの人生を過ごしたい。それが私が望んでいる幸せなんです。そのために何を大切にしたらいいか、本当に必要なものは何か、何をしない方がいいかを考えて、選び取ることにもすごくこだわっていると思います。

すべての意味を考え尽くす、父の教育が生み出したフラット思考。

ーー 存在意義と言いますか、鄭さんご自身に限らず関わる方々やクライアント然り、『なぜ自分たちはここにいるのか』ということを作っていきたいのも、お父様が人権活動をされていたことにもルーツがあるのかな、と感じました。

あると思いますね。父が世の中にある差別と戦っていく姿を見てきましたし、世の中が当たり前とすることは当たり前と思わないように育てられてきたので。普通とか当たり前とか、みんながやっていることだからと同じことをすると、子どもの頃からとてつもなく怒られていました。

だからこそ、そもそも本質的にはどうなのか、自分でしっかり考えることが癖づいているなとは感じます。みんながやっていることは逆にやらない方がいいと育てられていますし、それゆえにバイアスがあまりないのかもしれないです。バイアスがいかに危険か、ということは強く言われてきました。

ーー とても大切な教育だなと思いました。思考のフラットさは意識しても身につかないものですし、バイアスがあるからこそ無意識に凝り固まってしまい、自分の望まないスコープで見てしまうこともありますよね。

友達の家でご飯をいただいた時に、箸を逆さまにして料理をとっていて、これは集団で食事をする時のマナーと認識されていると思いますが、家でやったら殴られました(笑)。「それを何故やるのか説明しろ。」「みんなが右と言えば左に行く人間になれ。」と常々言われ、毎日そんな生活をしていて。

だからこそ『何をするにも、考えなしに人がやっていることをコピーしていてはいけない。やることの理由を説明できないとダメだ!』と子どもながらに思っていましたし、考える癖がついていましたね。

ーー 考える癖づけになったのは今思えばいいことですが、当時は嫌になることはなかったのですか……?

嫌でしたよ(笑)。学校でもすごく苦労しましたし、みんなが当たり前だと思うことにもいちいち懐疑的な子どもだったので、先生もしんどかったと思います。でも、どんな時でも父が間に入って、ずっと肯定して守ってくれていたんです。だからこそ、自分はこのスタンスでいいんだと、大人になるまで曲げずにこれたのかもしれないですね。

まるで映画のように、ひとつの〈意志〉で共にブランドを創り上げていく。

ーー お話を伺っていると、バイアスのない思考が身についていたのだろうなと感じたのですが、鄭さんはなぜそこから〈ブランド〉というものに行き着いたのでしょうか?

ブランドって今、すごく人格が求められる時代になってきていると思うんですよ。SNSのアイコンが並んで自ら言葉を発し、ほとんどのブランドがほぼ人と変わらないように人格を求められ、商品と関係のないところで言及されたことがきっかけで不買運動が起きたりと、ブランドの人格を見定められることがグッと増えています。

簡単に言えば、多くの人間が厳格な人や価値観が合う人と付き合いたいと思うように、ブランドを人格として捉える時代においても、同じように求められている要素なのだと思っています。ただ、人間においては人格形成は基本的に1人でできますが、ブランドは1人だけではできないんですよね。

ブランドを生み出した時に掲げた価値観を、ビジネスメリットを生み出しながらどうやってチーム全員で1つのかたちにできるか。ブランドの裏側には何十人の人がいる中で、どう作りあげていくか。いろんな人の想いが混ざり合って、1つの価値観を作っていくことに、すごくロマンを感じますよね。

まさに映画と同じです。映画もある1つの価値観を世間に伝えるために、多くの人がいろんな表現を用いて、一緒にチームとして作り上げていく。これって、私がずっと憧れてきた映画づくりにも近い表現活動だと思うんですよ。

ーーたしかに俳優だけでなく、監督に脚本家、カメラマンに照明まで……さまざまなスキルが集まって、心を動かす1つの作品を作り上げることは、ブランドに対しても言えることですよね。

そうなんです。ブランドを生み出し、その魅力をチーム全員で表現していくことは、すごく楽しくて意味のあることなのに、そう思えていない人が少なくありません。映画をつくる場合、メッセージとして伝えたいことや表現したいことが先にあって、それをマーケットに届けるために試行錯誤した結果、多くの人が観に来てくれて、ビジネスが成り立ちます。

売上をつくることだけを考えてつくられた映画が多くの人の心を動かすものにはならないですよね。顧客心理やニーズも踏まえて設計する場合はあっても、あくまで自分たちの意志で何を表現すべきか、ということを中心に表現が生み出されていってるわけなんです。

ブランドも流れに則って、「意志」を中心に運営されるべきだということが、私の基本スタンスなんです。しかしながら、多くのブランドがそのように運営をされていません。シンプルにもったいないですし、きっとみんな楽しくないと思うんですよ。

自らの意志で選び取った表現を仕事の中心におくことは、より良く生きていくために本当に大切なことだと思っています。そして、そのようなスタンスを中心にブランドを運営できるチームこそが、多くの人に必要とされるブランドを生み出すことができる。そう信じています。

ーー おっしゃる通りで、映画は1つの表現手段だったものから興行収入などの数字が求められるようになっていると聞きますし、業界としてすごく悲しいことですよね。

周りからの評価軸で自分の価値観も変えていくやり方は、あらゆる表現活動において望ましいものではないですよね。よりよく生きる上での自ら決めた価値基準や、「こうするんだ!」という理由なき意志は変えないべきですし、むしろ変えない自分を信じられる生き方こそが、すごく意味と意義を感じると思っています。

以前にイチローさんが「秤は自分の中にある」ということをおっしゃられていました。自分が納得できる自分というのは、人と比べる行為の中にあるのではなく、今日の自分と明日の自分を比べる行為の中でしか見出せない。そんなイチローさんのメッセージから受け取った考え方を、私自身、仕事をしていく上でとても大切にしています。

そして当然、NineCraftのクライアントワークにも取り入れています。例えば、NineCraftでは、例えクライアントが満足していたとしても、NineCraftがNineCraftらしくやれていないことがあれば、やり直しの対象になります。

逆に、自分たちがやるべきことをやっていながら、クレームを受けた時、場合によってはそのクレームに対応しないこともあります。『自分たちは何のためにここにいて、何をやるべきなのか?』そこの解像度が高くなければ、この判断はできなくなっています。チーム全員が自らの言葉で〈NineCraftらしさとは何か?〉を語り尽くせることができるように、文化をより良いものへと育て続けていきたいですね。

コスパ・タイパの時代に、〈思い出〉が見出すチームで働く意義と意味。

ーーフリーランスや会社勤めなどいろんな働き方が選べる時代に、鄭さんはご自身で表現活動されてきたところから、個人ではなく会社というチームで成し遂げることを選択したかと思いますが、その想いが強くなったブレイクスルーは何かあったのでしょうか?

それでいくと、何が自分の毎日を豊かにしていくのかをこだわって考え抜いた結果、そこにいきついたというのが真実に近いかもしれません。私自身、思い出に変わる選択を選び取ることが、幸せな人生をつくっていくという価値観を持っていて。その価値観で物事を選択し続けた結果、個人ではなく会社というチームを選ぶことが大切だという判断に繋がっていきました。

日々人生を過ごす中で、人はたくさんの選択肢を考えます。その選択肢の中には、楽なこと、気持ちが良くなること、コスパやタイパが良いこともたくさんあります。でも、そのような短期的で独りよがりなメリットを選び取った時、後から振り返ってその選択はなんの思い出も残してくれないのだということに、ある時気がついたんです。

逆にその時はキツかったり、避けたかったことでも、意味と意義を感じることができる。そんな選択こそが、人生にとって良い思い出になっているものですし、〈チームでやる〉ということが、まさにそれにあたるんですよね。

何事も1人でやったら楽で早いですし、面倒くさいことにならない。逆にチームみんなでやることで、ツラかったり、めんどくさいことや不満は増えます。それでもやっぱり、その方が意味や意義を感じるし、思い出が増えるんですよ。チームで働くことの醍醐味が、まさにそこにあると思います。

ーーなるほど、人というアンコントーラブルな変数が思い出の構成要素になりうるのですね。人間ってもちろん1人でも生きていけるようには作られていますが、誰かと一緒にいる意味があって成り立っているんだなと感じました。

そうですね。現代では、いわゆるコスパ・タイパがいいもの、合理的に利便性が高いものを選ぶことが良いとされる風潮が強まっています。でも、そういうものばかり選ぶ人生は、思い出が減っていくんじゃないか、とすごく危惧しています。

SNSを眺めて時間を過ごすことは、楽で気持ちよいことです。でも、昨日、SNSで何を見ていたかなんてほとんど覚えてなんかいないんですよね。

本能ではなく、理性的な思考でもって、意味や意義の感じる選択を選び取る。そういったことの積み重ねが、自分を大切な場所に連れて行ってくれると思っていますし、コスパ・タイパ重視の時代に、NineCraftが作っていかなければいけない揺り戻しなのではないか、と思っています。

ーーその社会が危険な方向に行っている感覚はあって、なんだか面白みのないものが便利とされたり、人間たる意味がどんどん失われていっているように漠然と焦りがあります。

SNSの影響によって、人からの認知が可視化されて影響を受けやすい時代ですし、あらゆる場所で数字による客観基準が力を持つ時代です。そんな時代においては、自分の価値基準を育てにくくなっているのかもしれません。

例えば、子どもがあるミュージシャンのことが好きだったとします。しかしながら、友達に「そのミュージシャンよりも、YouTube登録100万人であるこっちのミュージシャンの方がすごいに決まっている!」と言われてしまうと、その子どもは何も言い返せないわけです。つまり、数字による客観的指標が価値基準において大きな影響力を持ってしまうが故に、主観的な意志に自信を持つことが難しくなっていくのです。

このように自分の考えが良いのか悪いのか、どんどん数字基準でしか考えられなくなってしまって、自分の価値基準が育てられないことは、大きな社会問題だと感じますね。

すべてのヒト・モノ・コトに、〈作用と副作用〉の想像力を、リスペクトを。

ーー すべて数字に収束してしまうのは切ないですよね。この状況は打破できるのでしょうか?

だからこそ美しい言葉で伝えられる、言葉の力を鍛えていくことが必要だと思うんです。どうしてこういった状況が起こっているかを私なりに考え、順序立てて構造化して、それを伝えていければ、多くの人が自分の考えに勇気を持って一歩踏み出しやすくなる。これが私がクライアント各社のブランドチームに入って、やろうとしていることですね。

もちろん、NineCraftはブランドマーケティングパートナーとして、ブランドの売上に影響を与えていく存在です。客観的指標としての数字の怖さを知っているからこそ、その解像度を誰よりも上げていく存在でなければいけないと思っています。大事なことは、客観による数字と主観による意志、それぞれの作用と副作用を考えていくことです。

「数字ではなく人間の感情による意志こそが重要である。」

「いや、ビジネスにおいては数字による証明こそが重要である。」

このような二元論はあまり意味がありません。意志を重要視する場合は、客観性が欠けているという副作用が起きる。数字を重要視する場合は、主観性が欠けているという副作用が起きる。

何かの作用を選び取る時に、その裏側の副作用についてイメージし、解像度を上げておくlことが求められる姿勢だと思っています。

このようなスタンスを中心として、ブランドを経営していく大切さを説いていくこと。それがNineCraftの仕事なのかもしれません。

ーー鄭さんのお話を伺っていて、二元論ではなく作用と副作用として考えることも然り、人や物事、選択に対して〈分断を生まない〉ということがキーワードとしてあるのかなと思いました。思考の冷静さと言いますか、鄭さんならではのバランス感覚であるんだろうなと感じます。

たしかに、そうかもしれませんね。おそらく10代後半から20代前半にかけて、ずっと文学のことばかり考えていたことが影響をしているのだと思います。

人生って、その時々によって、何かしらすごく強い力が作用している時があるんですよ。でもその作用がポジティブなことだけをもたらすことはあり得ないと思っています。どの時間軸で反動が来るかは分からないものの、何か作用が起こっている裏側で、副作用が必ず積み上がっていくのです。

だからこそ、何かポジティブなことが作用している時、『この裏側にある副作用って何だろう?』と考えること、想像することをしておかないと、気付かない内に大切なことがたくさん失われていってしまうのです。

人へのリスペクトや優しさというものは、そのような副作用への想像力が根幹にある状態でないと、本物にならないと私は信じています。だからこそ、NineCraftのメンバー全員にはこのことを強く意識するように常に伝えていますね。

そうして、副作用があることを知りながらも、その作用を選び取るスタンスをチームで持てていることが、私はすごくいい状態だと思っています。

ーーなるほど。副作用を想像するがゆえに、NineCraftのバリューにもある〈リスペクト〉が出てくるのですね。

人においてもそうですよね。今いる場所で活躍できていなくても、それは何かの作用・副作用の中にいるだけであって、ところ変われば、今は副作用になっていることも何かに作用することがきっとある、と信じています。

このようなスコープで、多くの人に対してコミュニケーションを取ることができれば、少なくとも今日も「生きてて本当によかった!」と気持ち良く眠れるだろうなと思いますね。

ーー最後に、未来のNineCraftの仲間へ一言いただけますか?

まずは、とにかくNineCraftのために働くということはしてほしくないですね。みんなが信じている未来やあるべき社会の姿のために、NineCraftの目指している未来とこうあるべきと思ってるもの、それらを一緒に信じられる〈意志ある仲間が集う場所〉にしたいな、と思っているんです。

だからこそ、NineCraftは常にその先を行っていないといけませんし、NineCraftに加わることでその未来をもっと豊かに見えると感じてもらえるようなチームでありたいです。このことは最近、メンバーにもすごく言っていますね。

この感覚を育ててほしいですし、育てようと思う意志のある人はNineCraftにとても合うと思いますよ。

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